酒と煙草と漢と女

俺は酒も飲むし、煙草も吸っていた。

今でも飲み続け、かつて吸い続けていたのは、好きだからだ。それは間違いない。化学物質にそう思わされていただけかもしれないが、それでも紛れもなく嗜好品だった。

 

ただ、俺が酒と煙草を初めて手に取った時、そこに背伸び以外の動機は全く無かった。


俺の世代は、煙草がクールでニヒルな大人の装飾品として扱われていた時代の、最後の生き残りだと思う。俺は✕✕歳から煙草に手を出し始めた。

 

初めて吸った時、何も知らないもんだから、セブンスターを深呼吸するように勢い良く吸い込んだ。喫煙者なら分かると思うが、俺はその場で、死ぬんじゃないかと思ったほどに噎せた。

煙草が美味しいって言ったのはどこのバカだ?こんなものに味もクソもない。そもそも、これ吸い込んでいいのか?

数分後、咳が落ち着いた後にふかしで吸ってみた。これなら死にはしないが、それだけだ。何が良いのか全く分からない。

制服にこびりついた煙草の臭いを部室のファブリーズで消して、部室棟のシャワーを浴び、家に帰った。

これが煙草との最初の出会いだ。こんなものが嗜好品として流通している意味が本気で分からなかった。


酒との出会いはそれより少し後で、大体✕✕歳の頃だ。

俺がまだ幼稚園児の頃、祖父はよく、夜中にウイスキーをストレートで飲みながらテレビを見ていた。俺はまだ夜更かしそれ自体が楽しい年頃で、ただ祖父の横に座っていた。未だに思い出す、幸せな思い出だ。

病魔に冒され、意識が無くなる直前まで、俺の心配ばかりしていた。

そんな祖父の飲んでいた酒を、いつか飲みたかった。

 

ただ、一番最初に飲んだ酒はウイスキーではなく、赤ワインだった。数ある酒の中で、最も美味そうに見えたからだ。

俺はてっきり、少しアルコールの風味が薫るウェルチのグレープジュースみたいな味だろうと思っていた。

初めて買った一本目を口に含んだ瞬間、思わず吐き出した。腐っていると思ったからだ。

もう一本、今度は少し値段の高いワインを買ってみた。それを飲んで、ようやくこれがワインの味なのだと理解した。

その後に念願の祖父のウイスキーサントリーオールドをストレートで飲んだ時には、既に酒がどんなものか理解した後だったので、大した衝撃はなかった。これを飲んでいなければもう少し長生きしたんじゃないか、と思っただけだ。

 

そして大学以降に様々な酒を飲むことになるが、最初は多くの大学生と同様、ビールは当然のようにマズく、チューハイが最も美味しく感じた。

ただ、俺は既にウイスキーと出会っているというアドバンテージがあったので、これ見よがしにウイスキーを飲んでみたりもした。


今はもうやめてしまったが、つい2,3年前までは、朝のシャワー前に煙草を吸うのが日課になっていた。相変わらず美味しく感じないが、何となく落ち着く気がするのと、それが朝のルーティンになっていたからだ。

 

酒は、未だによく飲む。変わったのは、酒の好みだ。チューハイが一番嫌いになり、ウイスキーとビールが一番好きになった。

そもそも俺はアルコールの風味が好きじゃない。甘みのある酒だと余計不快に感じるのだと分かった。チューハイを飲むくらいなら、ジュースを飲めばいい。酒をわざわざ飲むからには、ソフトドリンクで代替不可な、酒にしかない味のものを飲もうという変なこだわりもあった。その理屈で言えばワインもそうなんだが、これは何故か未だに大の苦手だ。


毎日のように吸っていたセブンスターも、毎週のように飲むウイスキーも、結局のところ俺は、何が美味しいのか根本的に腑に落ちていないままなんだよな。

 

結局俺の女や酒や音楽の好みも、どういう自分を恥と思わないのかも全て、未だに、

分厚い大人の皮に包まれて俺の心の最深部に座っている、14歳の俺が最終決定権を握り続けている。