酒の飲めないバーテンダー

俺は手術見学が何より嫌いだった。

 

何をしているのか分からないから退屈なのだと思い、解剖や術式を学んでから手術を見るようにしてみた。が、半ば予想していたことだが、依然全く面白くない。

まともな手術は、ダイナミックな出来事がほとんど起きない。例えば脳動脈瘤頸部クリッピング術なんかは、手術時間数時間のうち、クリップをかける決定的瞬間は時間にして数秒だ。残りの全ては地味な剥離操作と止血操作が占める。

手術を見るのは面白いと言う学生は周りにもチラホラいたが、正直俺は、そう答えることで指導医や学生仲間からどう見られるかという計算が働いただけだろう、と思っていた。まあ本心から面白いと感じていた一握りの天才もいたのかもな。

 

数年後に自分で手術を執刀してみると、まあ見てるだけに比べると体感時間は遥かに短い。ただ面白いかと言われると、確かに見ているだけよりは面白いが、血が沸騰するかと言われるとそうじゃない。だからこそ余計に、手術見学が面白いと言う学生の気持ちが分からなくなった。

 

手術は怖い。一歩間違えればその場で人を殺す。脳外科医竹田くんの漫画を読んだ時、俺はここまでのことにはならないと頭では理解しつつも、背筋が寒くなった。

手術は疲れる。緊急手術が来るとアドレナリンが出て一気にスイッチが入る先輩医師もいるが、俺の場合、アドレナリンの代わりに出るのは溜息だ。

 

この正常な人間の感覚を維持したまま外科医としてどこまでやっていけるのか。

俺は自分のことだから若干心配だが、皆様は他人事として見守っていてほしい。

酒嫌いの優れたバーテンダーは少なからずいるらしい。手術嫌いの外科医にしか見えない景色もあるはずだ。

 

Twitterと違って短文に収めなくていいから気楽だと思ったが、逆にある程度の長さの文章を書くのも大変だな。

 

では、また明日。